特別インタビュー

Date of Issue:2021.12.1
特別インタビュー/2021年12月号
中村恒星さん
なかむら・こうせい
 
1995年岐阜県生まれ。富山大学薬学部から北海道大学医学部医学科に学士編入。2020年1月北海道札幌市に株式会社 SpinLife を創業。同年5月に「世界一やさしいチョコレート andew -アンジュ-」の販売を開始。創業から累計で1万枚以上を売り上げた。andew を通して「患者と周囲の人々が病気と共存し、理解し合い、手を取り合う世界」の実現を目指している。
チョコレートを通して
病気を抱える人とともに 幸福に生きる社会を創りたい
株式会社 SpinLife 代表
中村 恒星さん
遺伝性の皮膚難病「表皮水疱症」(ひょうひすいほうしょう)の患者との出会いがきっかけで、病気があっても食べやすく、健常者と一緒に楽しめて、ともに幸せになれる完全食チョコレート「andew」(アンジュ)を開発した北海道大学の医学生、中村恒星さん。みずから会社を立ち上げ、チョコレートの販売促進を行いながら、難病を抱える人たちの長期的なサポートを志向するユニークな発想と、行動力の源を聞きました。
ポテトチップが とげのついた板になる
― 全国に約2,000人の患者がいるといわれる皮膚難病の表皮水疱症ですが、根本的な治療法がない上に、日常のちょっとした刺激が原因で、皮膚や粘膜に次々と水疱やただれができてしまう。日常生活のすべてが困難だそうですね。
中村 皮膚を固定しておくためのタンパク質がつくられないために皮膚がぼろぼろとはがれ落ちてしまう希少難病です。食べる、服を着る、シャワーを浴びるなど、普段の生活の中で大きな痛みを伴います。
― ある患者さんは、「ポテトチップを食べると、とげのついた板を食べているくらい痛い」とおっしゃっていたそうですね。
中村 口の中にも症状が出ますし、硬いものなどを食べると、食道も傷ついてしまう。また組織医学的には腸管も皮膚と同じなので、下痢をしやすかったり、消化吸収がしにくいということがあります。食事に障がいがあると、慢性的に栄養不足になって、子どもの場合は低身長、低体重になることもあります。
― そういう障がいがあっても、痛みなく食べられて、おいしくて、栄養価が高い食べ物としてチョコレートに注目されたのですね。
中村 はい。でも栄養価だけを考えるなら、栄養補助食品のほうが効率的です。患者さんの悩みは「みんなと一緒に同じ物を食べて、幸せを感じたいのに、そういう機会が少ない」ということ。その点でもチョコレートは適していますし、贈り物としてもいい。チョコレートを通して、この病気を知ってもらえるし、患者さんと健常者の心の交流が生まれるきっかけになるので、まさにこれだなと思いました。
― 表皮水疱症の患者会でも話を聞かれたそうですね。
中村恒星さん
中村 NPO法人表皮水疱症友の会代表理事の宮本恵子さんに会いました。そのときに思ったのは、まずこの病気のことを広く知ってもらうことの重要性です。
たとえば表皮水疱症を抱える若い人が就活に行ったとき、面接官がこの病気の存在を知らなかったら、荒れた皮膚の様子などを見て、「この人は何ができないのか」ということが気になるでしょう。でも病気の知識があれば、「できる ことはなんだろうか」という見方になる。とらえ方が180度変わると思うのです。
― 体の障がいというのは、その人の中のひとつの側面に過ぎないのに、能力も含めてトータルで見られてしまう。
中村 病気を持っていたとしても、ほかにたくさんの能力がある。それを生かせないのはもったいないです。相手を理解して、多様性を許容する社会であってほしいと思います。
― 中村さん自身も子どもの頃に心臓の先天的疾患を持っておられたとか。
中村 ファロー四徴症(しちょうしょう)という先天性の心臓難病です。幼い頃、手術を受けて完治したので、自分では記憶がほとんどありません。両親は大変だったみたいですが。ただ この経験はどこかで、僕の生き方の中に残っています。病気を持ちながら社会の中でどう生きていくのか。より良く生きていくために、社会構造として何が足りていないのか。そういうことを考えるきっかけになったと思います。
医学生がチョコレートの会社を立ち上げる
 
世界一やさしいチョコレート「andew -アンジュ-」は、タンパク質やビタミン、ミネラルなど人間に必要な27種類以上の栄養素をすべて含んだ完全食。
― チョコレートの開発はどのようにされたのでしょうか。
中村 まず100円ショップに行って材料を買って、自分の部屋のキッチンで作ってみましたが、あまりに難しい。プロに助けてもらうしかないと思って、札幌にあるショコラティエに商品開発をお願いしたんです。
― できあがったチョコレートがすごいですね。1枚50グラムの板チョコの中に、タンパク質、カリウム、マグネシウム、鉄、亜鉛、銅、各種ビタミンなど27種類の栄養素がバランスよく含まれていて、まさに完全食になっています。
中村 チョコレートを実際に患者さんに食べてもらったときは緊張しました。でも、みなさんに「おいしい」「食べやすい」と言ってもらってホッとしました。特に子どもが喜んでくれたのは一番嬉しかったです。子どもは正直ですから。
― このチョコレートを「andew」と名付けて、いよいよ生産の開始ですね。医学生としては、まったく経験のないビジネスのスタートアップは大変だったのでしょう。
中村 製品化のためには新たなスタッフを集めなければならないので、インスタグラムでショコラティエを検索して、片っ端からDMを送ったんです。100人ぐらいは当たるつもりだったのですが、幸い5人目で適任の人が見つかって、Zoom で話をしたら、良い感じの人だったので決めました。その人は東京が拠点です。そのほかにも販売やネットショップのスタッフなどもインスタグラムなどで探してスタートしました。メンバーは全国に散らばっていて、バーチャルでしか会ったことがない人もいます。それでも問題はないですね。
― まず株式会社 SpinLife を立ち上げてからチョコレートの販売を始めていますね。最初から会社組織での活動を考えていたのですか?
中村 そうです。当然、起業経験はありませんから、右も左もわからない状況からのスタートでした。まずクラウドファンディングで資金を集めて、会社を登記して、食品製造販売の許可や販売サイトの準備、パッケージや配送をどうするのか、アフターサポートの顧客対応など、やることがいっぱいあります。毎日朝4時くらいまで仕事をしていました。
― 中村さんは現役の医大生で勉強も忙しい中、事業をやるというのは大変ですね。なぜこの時期に起業したのでしょうか。
中村 若いうちにしかできないという気がしたんです。今なら24時間、自分の好きなように使えますが、もし30歳くらいになって家庭を持ったら、そう簡単には行きません。また大学を卒業して医者になったら、ずっと病院にいないといけない。やはり時間はないんです。ですから今のうちに仕組み化したいという気持ちがあります。
患者さんのことを忘れたと批判されてもかまわない
― 「andew」の発売から1年半。販売の状況はいかがですか?
中村 発売当初は用意した100枚のチョコレートがたった30分で完売し、大きな反響をいただきました。今、販売数はそろそろ万単位になってきています。僕らのチョコレートはタブレット型のもので1枚980円です。決して安くはない価格なのですが、企業として成立させるためには、これくらいの値付けが必要だったんです。それで、まずは比較的、高所得の方、食に関心がある方、マッスル系、ヨガフィットネスに興味のある方向けに打ち出しました。中長期的目線で、少しずつ患者さんに還元していけたらいいなという考え方です。
― 販売に力を入れて一般の人に広げるのは大切ですが、普通のチョコレート屋さんになってしまっては本末転倒ですね。
中村 それはとらえ方だと思います。僕自身は普通のチョコレート屋さんとして、どんどん事業をやろうと思っています。僕が最初にマーケティングを考えて、マッスル系の人に向けてメッセージを出したら、「あいつは患者さんのことを忘れた」と言われたことがあります。でもそういう批判は何とも思いません。僕の中での時間軸があって、まずはこの3年くらいで一気に拡大して、ある程度の資産を作ったら、それを適切なところに配分し、患者会が必要とする場面があれば、僕たちのストックを使ってもらう。患者会の存続は重要な課題なので、スタッフの人件費を出すなどの活動が考えられると思います。いずれにせよ5年10年単位で考えるべきで、短期的な軸でしか判断できないのは良くないと思う。その過程で周りからはいろいろと言われるかもしれませんが、僕はまったく気にしません。
― 製品開発にドクターが関わっているというのは重要ですね。医師の立場を守りながら事業をする。バランス感覚が重要になってくるのではないでしょうか。
中村 そうですね。例えば「このチョコレートを食べて健康になる」と宣伝したほうが、きっとよく売れると思います。しかしそのスタンスはあり得ません。インスタライブをしていると、「これを食べて健康になれますか」という質問がよく寄せられます。そういうときはWHO憲章の「健康の定義」の話をします。「こういう病気がありますが、食べられますか?」と聞かれたら「主治医の先生と相談してください」と回答する。医学的におかしいと思えば、「いや、それは違います」とはっきり言います。事業の成長だけを考えると、ブレーキになりますが、不用意な発言は拡大解釈される可能性があるので注意が必要です。
WHO(世界保健機関)憲章では健康を次のように定義している。
「健康とは、肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」
― 最初は板チョコ状のタブレットの販売からスタートして、今では生チョコやガトーショコラなど、商品も増えましたね。
中村 はい。職人が新製品を作りたいと言えば、止めません。ただし患者さんに適応できるものか、患者さんに喜んでもらえるものなのかという最終判断は僕がやります。
― 最近は精神科の医師ともコラボレーションをされていて、ユニークな活動です。
中村 はい。知り合いの精神科医の sidow 先生が精神疾患に対する差別偏見をなくしたいという活動をしていて「一緒にやりましょうか」というノリです。実際には、チョコレートのパッケージの中に sidow 先生が監修したメッセージカードを入れるという形です。この活動の目標は、メンタルケアの大切さを広く伝えること。sidow 先生は YouTube チャンネル登録数が8万人くらいいて影響力があります。そこに情報を流してもらうと、こちらとしても新規リーチができます。
― お互いにとって Win-Win の関係になれるということですね。
中村 どちらか一方にとってメリットがあるのではなく、コラボは互いにとっていいものでないとだめですね。今回は互いが持っているユーザーストックを提供し合う形です。私たちとしても、精神科のドクターとコラボしたことが何かの強味になるかも知れません。
― 医師でありながら、事業家の側面も強くお持ちですね。
中村 そうだと思います。企業として利益を出しながら、社会的な課題に対して、持続的な支援を可能にしたいと思っています。僕自身、ここまでやってくるのにいろいろな方々から支援を受けてきました。僕が受けた恩は、次の世代に返すというスタンスを持ちながら、医師と事業家の両立を貫いていきたいと思っています。
― 本日はありがとうございました。
【インタビュアー】
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 髙橋陽子
 
(2021年10月23日株式会社 SpinLife にて)
機関誌『フィランソロピー』特別インタビュー2021年12月号 おわり