巻頭座談会

Date of Issue:2022.6.1
巻頭座談会/2022年6月号
日本社会全体で難民を受け入れるために
学士会館にて
橋本 直子 さん
一橋大学准教授
可部 州彦 さん
認定特定非営利活動法人難民支援協会 定住支援部マネージャー
<コーディネーター>
毛受 敏浩 さん
公益財団法人日本国際交流センター 業務執行理事
 
6月20日は国連が定めた「世界難民デー」です。世界の水準に比して日本の難民受け入れはなぜ少ないのか。国際社会の一員として難民にどう向き合うべきなのか。課題をあぶり出すとともに、日本社会が目指すべき姿について語っていただきました。
難民との出会い、そして支援を志した理由とは
毛受 お二人は、難民といつ出会って、このテーマを深掘りしようと思われたのでしょうか。
 
橋本 直子 さん
はしもと・なおこ
 
大学院卒業後15年近く、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、国際移住機関(IOM)、外務省、法務省等で、世界各地の難民・移民政策に実務家として従事。2019年より現職。アジアにおける難民・移民問題と政策決定過程について研究している。
橋本 1990年代、ソマリア、ルワンダ、ユーゴスラビアなど、世界各地で多くの難民問題が発生しました。学生主体のNGO、アフリカ平和再建委員会でボランティアとして関わったことがきっかけで、1998年に2か月間セルビアで活動しました。親を失くした子どもたちとキャンプやワークショップをしたり、難民や避難民から話を聞いたり、彼らに教わったことは強烈な印象として残っています。
学者を目指して国際関係論の修士号を取るためにイギリスに行くことが決まっていたのですが、急遽それを変更して難民学を勉強し、強制移住問題を追いかけて今に至っています。
可部 カリフォルニア州政府で母子家庭の経済的自立支援策として、生活保護から抜け出すために、仕事に必要なスキルや英語を身に付けてもらうプログラムを担当していました。参加者の多くはヒスパニック系でしたが、その中に日本に滞在していたインドシナ難民の母子がいました。その時初めて、移民とは違う「難民」という背景を持つ人がいること、そのことがさまざまな悪影響をもたらしていることを知りました。その後、日本の難民支援協会で、定住支援部の就労支援チームの立ち上げから関わっています。
移民、難民、避難民はどう違うのか
毛受 移民、難民、避難民の違いについて説明していただけますか。
橋本 国連事務総長によると、(長期の)移民は12か月以上自国を離れて他国にいる―つまり自発的に移住する人で、その原因、理由、目的は問いません。避難民の国際的な定義はないのですが、自国あるいは今まで住んでいた場所にとどまることができない外的要因があって強制移住せざるを得ない人と言えます。家を追われる理由は自然災害、貧困、テロ、紛争などさまざまな要因が考えられます。
難民について、日本に適用するのは、1951年の「難民の地位に関する条約」で定義されている「人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であることまたは政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがある」という理由で、自国政府からの保護が期待できないために国外に逃れた人です。
ベン図で描くとすると、「移民」という大きな円の中に「避難民」という中くらいの円があり、その中に「難民」という小さな円があるというイメージ。
 
可部 州彦 さん
かべ・くにひこ
 
専門は難民の就労支援。内閣官房の「第三国定住による難民の受入れ事業の対象拡大等に係る検討会」有識者委員、JICA シリア平和への架け橋・人材育成プログラム 副統括を務める。また、明治学院大学教養教育センター非常勤講師・付属研究所研究員としてボランティア学(グローバル社会・市民活動)を担当。
可部 「難民は難しい人ではなく、逃れるべき難がある人。移民は、自ら良い選択肢をもって移動ができる人」と説明しています。支援の現場では、難民も避難民も「自国ではなく、広く国際的に保護を必要としている人」と理解しています。
毛受 難民は、認定されないと難民にはならないのでしょうか?
橋本 難民認定はある国からお墨付きをもらうことですが、「難民の地位に関する条約」によれば、自国―国籍国から逃れた瞬間に難民となります。ただ、難民条約上のさまざまな権利を享受するためには、実質的にどこかの国に受け入れてもらう必要があります。
日本はなぜ難民の受け入れが少ないのか
毛受 日本の難民受け入れは、なぜ少ないのでしょうか。この質問自体が、難民がタブー視されていることの表れだと思いますが。
橋本 受け入れ方法は伝統的に大きく分けて2つあります。1つは自国を出て何とか日本にたどり着き、入管庁に庇護申請して「難民」と認められる。その人が「難民ではない」とはっきり分かるまで追い返してはいけない。これが庇護申請ルートです。
もう1つは第三国定住です。難民発生国の周辺の途上国が、世界中の難民の約8割を受け入れているという不条理があります。それを是正するために、第二次世界大戦直後から周辺国に逃れた難民を、先進国が積極的に受け入れてきた。アメリカでは、トランプ政権時代を除けば、毎年6万~8万人の難民を第三国定住で受け入れています。日本でも2010年から受け入れを始めていますが、2019年までは年間わずか30人足らずです。
アメリカでは民間からの難民支援が潤沢にありますが、日本では少ない。また、「アメリカのような移民国家とは違う」といった自意識の強さもある。ただ、国民国家としての一体性を重んじる西ヨーロッパ各国は年間数千人単位で受け入れていますので、日本でもそのくらいは可能なはずです。
毛受 庇護申請者は1%未満と極めて少ない状況で、世界から見ると違和感がありますね。
橋本 歴史的にみれば、スカンジナビア諸国も1990年代~2000年代は1%という年もありました。条約上の定義に当てはまれば難民、そうでなければ難民ではないので、認定率について何が正しいかは一概には言えません。しかし、世界的に見て難民認定率の平均は年間30~40%です。
問題は 「率」や量ではなく、難民認定の手続き、つまり質だと思います。日本は他国と比べて迫害の概念を狭く解釈している。庇護申請者に対して迫害された証拠を出すよう求めていますが、この立証基準が極めて高く、8~9割がた証明できなれば難民として認められません。
可部 例えばインターネットで「難民」と検索するとネガティブなイメージが先行し、加えて買い物難民、ネットカフェ難民というワードも出てきて、難しい人が自分の隣に来るのは勘弁してほしいとなってしまう。「難民の受け入れは大事だ」「難民受け入れ数が少ない」という議論があるにもかかわらずなかなか先に進まないのは、制度や政治の問題もありますが、「わからない」「怖い」という要素も大きいと思います。
ウクライナ支援はなぜ活発なのか ― 支援の差別が起きている?
 
毛受 敏浩 さん
めんじゅ・としひろ
 
大学院卒業後、兵庫県庁に勤務し1998年日本国際交流センターに勤務、2012年より現職。多文化共生・移民政策、草の根の交流調査研究、二国間賢人会議、NGO、フィランソロピー活動など多様な事業に従事。近著に『移民が導く日本の未来―ポストコロナと人口激減時代』(2021年、明石書店)がある。
毛受 それがウクライナ避難民で変わってきたのでしょうね。第三国定住については政府が非常に丁寧に支援してきたということですが、彼らの暮らしは日本人並みの水準なのでしょうか。
可部 第三国定住難民の目的の多くは、子どものより良い教育機会の確保です。今は大学進学を目指す子どももいますから、その点では成功だと思います。
橋本 他国では、第三国定住して3年後の就職率が非常に低くて、10%に満たない国もあります。例えば障がいのある難民を選んで受け入れれば、就職率は低くなる。しかし日本は「健康で働ける人」が条件ですから、就職率はほぼ100%になる。前提条件が異なるので単純比較はできませんが、他国は難民が生活保護に陥ることも覚悟で受け入れるけれども、日本は生活保護に陥るようなことはさせない。政策の目的にかなっているという観点でみれば成功です が、「脆弱な難民を受け入れるための第三国定住」という全世界的なスピリットにのっとっているかというと、そこは疑問です。
可部 国の「第三国定住による難民の受入れ事業の対象拡大等に係る検討会」に有識者として参加しましたが、「なぜわれわれは難民を受け入れるのか」という議論ができませんでした。「なぜ」がないから説明ができない。G7の一員として一定の責任を果たすというだけでは、人の心に響かない。しかしウクライナ避難民については、岸田総理の受け入れ表明に社会がすぐに反応しました。明確なビジョンがあれば、脆弱な難民受け入れの間口は広がるでしょう。すぐには難しくても、5年10年というスパンで見た時には数千人単位の受け入れは可能だと思います。
橋本 ウクライナ避難民については、退職年齢に近い人、英語が話せない人、日本とのつながりがまったくない人を受け入れるなど、これまでのさまざまな条件を取り払っています。シリア難民留学生を含め、これまで日本はエ リート層を受け入れてきましたが、今回は純粋に人道主義で受け入れていると感じます。
可部 ウクライナから避難せざるを得ない状況や人の心に訴えるプロセスが、非常に分かりやすい。侵略され、殺害され、子どもを含む民間人が絶望の淵に追いやられる。人として何とかしなくてはと思う。一方でシリアやアフガニスタンも含め、中東で起きていることは複雑で分かりにくい。日本はシリア難民留学生を受け入れていますが、同時期にサッカーのワールドカップ予選でシリアから代表選手が来日しているのです。
毛受 日本に住む難民や難民申請で苦労されている人たちから、なぜウクライナ避難民は歓迎されるのか、自分たちはどうなっているのかという声は上がっているのでしょうか。
可部 支援の差別があるのではないのかという声は、当事者からも支援者からも聞こえてきます。議論は必要ですが、難民や避難民が日本で安心安全に生活するために、現場では必要な支援を淡々とやり続けることが大切です。民間団体では横のつながりが活発に行われているので、自治体や企業も巻き込みながら一緒にできるといいと思います。
毛受 ウクライナのことをきっかけに、難民や避難民に目が向けられ、多くの人が支援に賛同するのは難民への関心の高まりという意味では良いことですね。今後、具体的な支援につなげるためには何が必要でしょうか。
可部 支援を実際に経験することです。大事なのは、難民にも選択肢が必要だということ。例えば住環境、教育環境など、事前にきちんとお互いの期待値を調整する。ですから覚悟も必要です。その結果やはりうちでは無理だという話も出てくるでしょうが、それはそれで尊重すべきだと思います。
難民に対する意識はどう変わるのか
スリランカにて01
スリランカにて02
UNHCR職員としてスリランカで活動する橋本直子さん
毛受 日本では、人口が急減するのに国が難民や移民に対して消極的な態度を取り続けてきたことに、国民が業を煮やしていたという印象があります。こうしたフラストレーションが、今表面化しているのではないか。難民に対する意識はどう変わるのでしょうか。
橋本 このままでは、ウクライナ避難民への歓迎ムードは先例にはならずに、特例で終わってしまうと思います。まずメディアの取り上げ方がまったく違う。ウクライナに入ることは難しいとしても、隣国の比較的安全な国に行けば、避難民へのインタビューが容易にできます。難民は多くの場合自国政府から迫害されているので顔を見せられない人が多いですが、ウクライナ避難民は、顔を出して自らの状況をアピールしていて非常にわかりやすい。また、例えばロヒンギャ難民は国籍もないわけで、ゼレンスキー大統領のように窮状を訴えてくれる国の代表もいません。ウクライナ報道がほかの難民危機、避難民危機に当てはまるかどうかは疑問です。ある種のねじれ現象が起きているように思 います。
さらに言えば、ロシア軍が撤退しウクライナという国が独立した形で存続すれば、避難民の多くは国に帰るから、日本に定住はしないだろうという前提で考えている人が多いのではないでしょうか。短期決戦だからこそ受け入れやすい。また「西洋列強に追いつけ追い越せ」という戦後教育を受けてきた世代にとっては、西洋人を受け入れることで得られるある種の優越感もあるのかもしれません。
可部 就労の現場では、難民、避難民ということよりも、日本語をどれだけ話せるか、日本人と代替できる人材か、企業風土や文化が理解できるかどうかが重要視されます。また経営者と、実際に受け入れの現場となる人事部や配属部署との間に温度差がある。現場の負担を軽減しない限り、雇用は定着しません。
日本社会全体で難民を受け入れるために
豆腐づくり
就労体験で難民と豆腐づくりの可部州彦さん
毛受 難民について知る、あるいは日本が難民をより多く受け入れるために、市民、企業、自治体はどうすればよいでしょうか。
可部 まずは支援団体にコンタクトしてください。そして難民について知り、興味を持ち、イベントに参加するなど機会を獲得する。そこで当事者のニーズや困りごとを知り、自分ができそうなことをイメージする。定期的な勉強会もありますし、6月20日の「世界難民デー」に合わせてさまざまなイベントも企画されています。
「難民という背景を持った人」はいますが、「難民」というネームタグをつけているわけではありませんし、「難民」とラベリングされたくないと思っている人もいます。彼らも地域住民の一員であるという理解が広がってほしいと思 います。
橋本 日本政府に条約難民として認定された人については、政府から委託された公益財団法人アジア福祉教育財団難民事業本部がサポートしています。しかし、認定された人は非常に少ない。該当しない人や難民申請者は、難民支援協会などの民間団体がサポートしているのが現状です。
可部 難民や避難民に限りませんが、例えば企業で、日本語が分からない外国人を採用することで、具体的な指示書ができて生産性が上がったという事例があります。
自治体については、例えば外国人向けの相談窓口業務を外国籍の方に全部任せてしまうケースが多い。彼らも住民ですから、職員もきちんとかかわりを持ってほしい。また自治会との連携も大切です。
毛受 国民の意識を変えるには、国のトップが明確に意思表明する、社会全体として取り組むという認識を持つという2つの方法があります。まずトップが、これからは外国人と共生しなければならない時代になると明確に発言 する。もう1つは、例えば、厚生労働省が進めている「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」が参考になると思います。半日程度の研修会を受講すると認知症サポーターに認定されるという仕組みで、受講者は全国で1,000万人を超えています。難民についても、まずは自治体がこうした勉強会や研修会を開催し、学校や企業、自治会などに広げていく。
外国人技能実習生の問題もそうですが、矛盾が積み上がって臨界点に達しつつある。ウクライナの問題は非常に象徴的で、矛盾が高まったところで出てきた現象でしょう。これをてこにうまく転換できればいいですね。
面接指導
難民の就労支援で面接指導する可部州彦さん
可部 今、日常の中に難民あるいは避難民という単語が出てくるようになりました。これを次につなげることが大事だと思います。難民、避難民をめぐる議論から広く噴出しているさまざまな問題に対して、丁寧に向き合っていきたいですね。
橋本 日本が難民に向き合って来なかったということ自体が問題だと思います。なぜ難民を受け入れるのか。もちろん難しいこともありますが、社会にとって大きなプラスがあったからこそ、諸外国はたくさんの難民を受け入れてきた。世界は、クリエイティブな方法で受け入れをどんどん進めています。研究者という立場で、こうした情報を積極的に発信したいと思っています。
毛受 カナダではコミュニティ単位で難民を受け入れているそうです。政府は語学習得のためのお金は出しますが、住まいは地域住民が用意して、就職もあっせんする。コミュニティとして彼らを受け入れ、一緒に付き合っていく。人口減少やコミュニティが衰退する状態にあって、外国人青年の受け入れで町おこしをするという発想があってよいのではないでしょうか。こうしたカナダモデルも参考にすることで、日本社会全体で取り組む必要がありますね。きょうはありがとうございました。
2022年4月27日 学士会館(東京都千代田区)にて
機関誌『フィランソロピー』2022年6月号/巻頭座談会 おわり