巻頭インタビュー

Date of Issue:2024.6.1
巻頭インタビュー/2024年6月号
小島希世子さん
おじま・きよこ
 
1978年熊本県生まれ。慶應義塾大学卒業。農業関係の会社に勤務後、熊本県でオーガニック栽培に取り組む。2006年農家直送のネットショップ(現「えと菜 園オンラインショップ」)を立ち上げる。2009年「株式会社えと菜園」として法人化。2013年「横浜ビジネスグランプリ」ソーシャル部門最優秀賞を受賞。2013年NPO法人農スクールを設立。
https://know-school.org/
農福連携で人と地域を結ぶ
副題
株式会社えと菜園代表取締役、NPO法人農スクール代表理事
小島 希世子 さん
NPO法人多摩草むらの会代表理事、社会福祉法人草むら理事長
風間 美代子 さん
障がい者をはじめ、引きこもりの人など、就労困難者と農業を結び、地域住民を巻き込んで面へと展開する。「働くとは夢を追うこと」を理念に、東京・多摩地域で障がい者支援や農業の基盤確立に取り組む風間美代子さん。神奈川県藤沢市で「農業×ホームレス」「農業×都会の住民」を結ぶビジネスモデルを展開する小島希世子さん。最前線の現場で農福連携に挑むお二人に話を聞いた。
ホームレスと農業を結びつける
― 小島さんは、体験農園「コトモファーム」、株式会社えと菜園を立ち上げられ、引きこもりやホームレスと担い手不足の農家の架け橋になろうと、さらに就農支援プログラムを手掛けるNPO法人農スクールを設立され ました。きっかけは何だったのでしょうか。
小島 私は熊本出身で、農村地帯で育ちました。両親は教師で農業とは縁がなかったのですが、小学2年生のときにアフリカのドキュメンタリー番組で、自分と同じぐらいの年齢の子どもたちが、食べ物がなくて餓死する姿を見てショックを受けて、将来農業にかかわることをやろうと決めました。神奈川県の大学に入学して、関東に出てきましたが、豊かなはずの都会なのに駅にホームレスがいることに驚きました。日本にも、まだ住居や食料に困っている人がいるんだということに気づかされました。
働きたくても仕事がないホームレスがいる一方で、農村地帯では人手不足· 後継者不足で、農業が立ち行かなくなっている。社宅まで用意していても働く人を確保できない。ホームレスと農家を結び付けられたらいいな、という思いでこの仕事を始めました。
風間美代子さん
かざま・みよこ
 
1946年旧満州生まれ。学生時代より重度身体障がい者· 知的障がい者のボランティアとして活動。1995年国立精神神経センター家族会を立ち上げ、1996年「多摩草むらの会」を立ち上げる。2004年NPO法人多摩草むらの会設立発起人となり、副代表に就任。2008年代表理事に就任。2018年社会福祉法人草むらを設立し理事長に就任。
https://kusamura.org/
障がい者がやりたいことを手助けする
― 多摩草むらの会の活動は、常に「障がい者と地域のために何ができるか」を考えておられ、地域からも応援してもらう関係性ができていますね。
風間 私たちは主に精神障がい·知的障がいのある人を支援していますが、障がい者一人ひとりに対して、できる仕事は何か、やりたいことは何かを聞いて、それを手助けするというスタンスなので、ずいぶんと事業が広がってしまいました(笑)。私の息子が統合失調症になって、同じ病気を抱える家族の会を1997年に発足したのが始まりです。その後2004年にNPO法人多摩草むらの会を立ち上げ、2018年には社会福祉法人草むら(以下草むら)を設立しました。
多摩地域でも精神障がい者に対する偏見はありましたが、だんだんと理解が進み、いまではいろいろな方々が私たちの活動に協力してくれるようになりました。社会福祉法人をやってよかったと思うのは、実は引きこもりのお子さんや若年性認知症のご家族がいるとか、地域のさまざまな情報が入ってくることです。法人で面接もできますし、ボランティアの医師もいて、診断書や薬の処方、障害者手帳の交付もできるシステムになっています。
障がいは人それぞれ異なりますから、いろいろな仕事を準備しておく必要があります。そしてきちんと収益を上げることも大切ですから、自立支援のためのB型事業所もつくりました。障がい者だけでなく、生活困窮者や生きづらさを抱える人たちにも門戸を開いています。彼らがプライドを持って働くために、そして卑屈にならず夢を持って生きるために、できることをやってきました。
販路を確保し、安定的に工賃を支払う仕組み
― 小島さん、草むらの会の活動をご覧になってどんな印象をお持ちですか?
小島 野菜だけでなく花やシイタケも栽培されていますが、さらに加工品をつくられたり、レストランを運営されたり、世界観が素敵だなと思いました。さまざまな事業を展開されているから、障がい者が自分に合う仕事や場所を見つけられるのがいいですね。
風間 知的障がい者はイメージを膨らませることが難しいのですが、農作業はすごくマッチしていると思います。野菜が育って大きくなる様子がわかるし、触って確認することもできる。発達障がい者にも向いていると思います。
― そういう意味では、農業は可能性がありますね。でも最初は大変でしたでしょう。
風間 彼らの仕事に対して安定的に工賃を払うためには、販路の確保が必要です。27年前に始めたころはお金もなくて、野菜作りだけではなく、公園清掃や資金集めのために水餃子をつくって販売したり、いろいろやりました。団地に出店するために、何百件と署名を集めたこともあります。道の駅や商業店舗への出店も一筋縄ではいきませんでしたが、反対されても、「何かあれば責任を持つ」という姿勢で粘り強く交渉して、理解してもらいました。実績と信用を高めていくことが重要で、例えば東京オリンピックでトマトを販売することができたのも、東京都エコ農産物の認証を取得できたからです。くやしい思いもたくさんしましたが、楽天的なので忘れちゃうんですよ(笑)。
― 彼らにとって絶対必要なのだという信念と、そのためにやり抜く覚悟が半端じゃないですね(笑)。
風間 メンバーには「険しいかもしれないが、生きていく道はある。だから甘えないで行こう。私も決して甘えないから」といつも言っています。彼らを隠すのではなく、彼らがどんどん社会に出られるように、偏見をなくすために、私たちも積極的に出ていく。だいじょうぶだという確信が持てれば、彼らは出ていきますから。
農福連携で地域はどうつながるのか
― 地域とつながるということは、言うは易しで、なかなか大変ですよね。コツはありますか?
風間 月に一度、南大沢連絡協議会(仮称)を開催していますが、ボランティア、民生委員、老人クラブ、社協などが集まって、課題や要望、解決策を話し合っています。連携して取り組むことで、いい関係が生まれています。社会福祉法人を立ち上げたことで、認識が広がり信用も生まれ、NPOの活動への理解も深まりました。
草むらでは朝食会もやっていて、どなたでも1食200円で提供しています。値上げもせずにがんばってやっていたら、やがて八王子市の高齢者福祉課の職員が来られるようになって、補助金を出したいという申し出をいただき、委託を受けるようになりました。また、コロナ禍で販売先がなくなった地元のイチゴ農家からイチゴを買い取って、ジャムなどの加工品をつくっています。
― 今回、JPAと農協観光がコンソーシアムを組んで「農福連携による共生社会創造事業」を実施し、全国33団体から申請があり、8件が採択されました。目指しているのは、CSA(地域支援型農業)で、農福連携はその核になるのではないかと期待しています。小島さんには今回の事業の審査員になっていただき、また今後3年間アドバイザーとしてお付き合いいただきますが、審査にあたって注目した点はなんでしょうか。
小島「働く多様性」を重視しました。それぞれの個性や能力を引き出すこと、そして挑戦したいと思ったときに挑戦できるような場があることが大切で、新しい価値創造を期待しています。一般就労と福祉就労のつながりは、あるようでないし、制度的にもハザマがあると感じています。環境を整備することで、農福連携はもっと広がるのではないでしょうか。働くことで誰かの役に立ち、ありがとうと言ってもらってお金をいただく。本来楽しいはずですよね。
― 感謝の交換ですね。農スクールでも大切にしていらっしゃる。
小島 本人は一般就労に挑戦してみたいけれども、周囲がそれを止めているというケースもよくあることです。一般就労となると、1日8時間、週5日だけれどだいじょうぶですかと聞くと「いばらの道かもしれないが挑戦したい。失敗したら、それは受け入れる。でも挑戦すらさせてもらえないのはつらい」と言います。読み書きができない人もいましたが、履歴書は代筆でもかまわないという会社に一般就労されました。一方で福祉的な就労がいいという方ももちろんいらっしゃいます。大事なのは、一人ひとりの意志、選ぶチャンスがあること、そして自分で決断することです。
― 農家側に対しては?
小島「かわいそうだから雇ってあげる」のではなく、自分をサポートしてくれるスタッフとして、感謝の気持ちでお金を払い、チームの一員として受け入れてほしい。
思いやり、助け合い、支え合いがないと続きません。でも社会はどんどん多様化しているのに、制度が追い付いていないですね。
さまざまな人が出会うことで化学反応が生まれる
風間 私たちには「超福祉」―福祉を超えてという理念があります。高齢者、障がい者、生活困窮者、障害者手帳がない人でも、自分がどの場所で再生できるのか、飲食なのか、畑なのか、さまざまな受け皿を用意していますから、試しながら自分に合う仕事を見つけてもらいたい。目指しているのはプラットフォームです。
小島 同じメンバーで固まっていると、新しい価値観は生まれませんが、いろいろな人と接することで新たな一面がみられることもあるし、偏見もなくなると思います。
40代のホームレスと30代の引きこもりの人が一緒に作業していたのですが、ある時引きこもりの人が「自分は親に言われたレールを歩いてきて、いい学校、いい大学、いいところに就職したけれども、上司にプレッシャーをかけられて引きこもりになった。だから家族のことも上司のことも恨んでいた。でも、家にいれば暖かい布団があって、部屋の前には三食ご飯が用意されている。ホームレスの人は派遣切りにあって、頼れる親もいないし、社宅も追い出されてしまったけれども、一生懸命生きている。自分が恥ずかしくなってきた。恨むのではなく、本当は感謝しなければいけなかった」と言うんです。
障がい者と一緒に作業していた引きこもりの人もこう話してくれました。「自分は1社受けるだけでもだめだったら怖いし、ショックを受けるけれども、彼(障がいのある人)は間違えても何度も挑戦している。自分もがんばって挑戦しようと思う。」同じ空間にいることで、こちらが意図しない不思議なものが生まれるんだと実感しました。制度でもなんでも、分けてしまうことでこぼれ落ちる人が生まれてしまうのではないでしょうか。
風間 種をまいたら、水をやったり虫を取ったり、野菜と会話しながら育てていく。手をかけた美味しい野菜を買ってくれたお客さんが喜んでくれる。自分が誰かの役に立てるという実感や希望が持てれば、働くモチベーションにもなるでしょう。
就労にしても、定着支援はしますが、だめだったら戻って来ればいい。実際に、10年経って戻ってくる人もいます。実家だと思っていつでも帰ってきていいし、ここからまた出直せばいい。メンバーが、あるスーパーの農園に就職したのですが、ひと月も経たないうちに戻ってきました。農薬を使うので過呼吸の症状が出て、働くのが難しいということでした。
うちの職員になって、精神保健福祉士や調理師などの資格を取る人もいます。外部で就労するのも良し、内部で就労したい人はそれもよし。ダイバーシティというなら、それなりの選択肢をそろえるべきでしょう。
農福連携を阻む壁
― そうした柔軟性が大事ですね。ただ、全国各地で農福連携が注目されていますが、いまひとつ進まない原因はどこにあるのでしょうか。
風間 ひとつは、やはり行政の縦割りだと思います。市街化調整区域だと建物を建てられない。B型事業所は相談所がなければならないし、広さは1人当たり3.3平米と決められている。障害福祉課は建物を建てていいですよ、農業もやってくださいと言いますが、建築課がOKしなければ建てられませんから、事業所として成立しない。でも、土地も需要もありますから、農福連携は都内でもどんどんやるべきだと思います。
小島 都市農業、都市の農地では計画段階でもいろいろなことが絡むので難しいですね。制度にしても、会社法と農地法それぞれに規定があるので、きちんと勉強して立ち上げたのに、改訂されて整合性が取れないという状態に陥ることもあります。双方をクリアして許可を取って、ようやく次の段階に進めるので時間もかかります。
風間 手をかけて畑をつくっても、農家から相続の関係で急に土地を返してくれと言われたら、返さざるを得ない。農地所有的確法人として株式会社グリーンガーラをつくったのも、きちんとした賃貸契約を結んで、いざ売りたいという要望があったら、買えるようにしておこうということからです。実際に、法人をつくったとたんに相続問題が起きたのですが、その土地を買うことができました。
― 制度も活用し、かつ制度の狭間を補う。まさに超福祉ですね。
風間 行政の人が、シイタケの詰め方を見せてくれというのでお見せしたら、「そういう詰め方だと工場になります。でも工場はここでは建てられません」と言う。「じゃぁ、詰め方を変えます。袋に入れればいいんですか?」と。制度が実態に追い付いていないんですよ。慣れましたけどね(笑)。
コミュニケーション力と巻き込み力
― 農福連携を進めるうえで、農家や福祉作業所などいろいろな人や団体を巻き込む必要がありますが、一番大切なことは何でしょうか。
風間 当法人のお祭りやイベントには、さまざまな業種の人たち―不動産屋の社長さん、大学の先生など―が集まります。でもほかの福祉施設に行くと、身内と福祉の関係者ばかりです。福祉の世界が理解されない理由のひとつには、閉鎖的だということがあるのではないでしょうか。
小島 農業も福祉も、関係者だけのせまい世界になっている印象がありますから、つなげるためにはチューニングが必要でしょう。合理的な話が必ずしも正しいわけでもないので、感性の方程式を合わせないと前に進めません。
― やはりコミュニケーション能力は必要ですね。
風間 懐に飛び込んでいかないと。キーパーソンを見極めることは必要ですね。そして、私は怒らないと決めています。
小島 敵をつくらないのは大事ですよね。
― 風間さんはけんかはしないけれど、ひかないですよね(笑)。
風間 しつこいんですよ(笑)。週末にひまわりの摘み取りをやっていて家族連れが大勢来てくださるのですが、嫌がらせをされたことがあります。防犯カメラを取り付けたりもしましたが、直接その方と話し合おうと思って、私が椅子を持って行って蚊取り線香を焚いて、ひと月ほど居座りました。結局話し合いはできませんでしたが、嫌がらせもなくなり、おかげで何事かと心配してくれた近所の農家と親しくなりました。何か あったら責任を取る。そうしないと安心して働けませんからね。
小島 私も地主さんに恵まれているなと感じます。最初は、私たちの活動がよくわからないから不安に思っている地元の方もいたようですが、地主さんが「彼女たちは、共同の通路の草刈りをしたり、地域に協力してくれているよ」と援護してくれました。
風間 見てくれる人はいるし、必ず味方はいます。いろいろな人を巻き込んで、理解し協力してもらうことが大事です。私の仕事はそれだと思っています。
― 農福連携の課題と未来が見えてきました。本日はありがとうございました。
【インタビュアー】
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 高橋陽子
 
(2024年4月10日 社会福祉法人草むらにて)
機関誌『フィランソロピー』巻頭インタビュー/2024年6月号 おわり
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